一般的に絵、写真、小説、ドラマ、音楽などには著作権が発生します。
ここで、ふと疑問に思ったのは、電車などの鉄道車両そのものに著作権があるのかということです。
そこで、著作権があるのか過去の判決などを参照して検討してみました。
1. 鉄道車両は著作物かの検討
著作物の定義
まずは著作物(著作権の保護対象になるもの)の定義を見てみます。
日本の著作権法では
思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの著作権法2条の1
と定義されています。
鉄道車両は実用品
もし鉄道車両が著作物ならば、文芸、学術、音楽ではないので、美術の著作物となります。
鉄道車両のデザインにはデザイナーの思いや創意工夫があるから著作物では?と思うかもしれませんが、
鉄道車両は実用性が非常に高い工業製品で、デザインは「機能」により縛られ大きく制限されます。
デザイン性を優先しすぎて性能や安全性が台無しではダメですから。
彫刻や絵など実用性のない美術品と比べると、著作権は認められにくいと考えられます。
次は、裁判ではどう判断されるのかを見ていきます。
過去の判例
公表された裁判例では鉄道車両の著作権に関わるものは見当たりませんでした。
鉄道車両は「実用品」に分類されるので、実用品の著作権についての判例から類推して考えます。
美的鑑賞の対象になる場合のみ著作物だという解釈
実用品の著作権について、裁判で主流となっているのは、実用品に美的鑑賞の対象となりうる創作性がある場合のみ著作物であるという解釈です。
要するにすごく芸術性があったら著作権がある、ということです。
例えば、接触などの刺激で体が動いて刺激を継続して与えると言葉を発するようになる玩具「ファービー」の販売メーカーが、その模倣品を販売した会社を著作権法違反で刑事告訴したという事件がありました。
その刑事裁判ではその玩具が著作物かどうかが争点になりました。
その判決で採用された実用品の著作権の解釈が下引用の文です。
美術の著作物といえるためには,応用美術が,純粋美術と等しく美術鑑賞の対象となりうる程度の審美性を備えていることが必要である。「ファービー人形事件」2002年7月高裁判決 p.7
ファービーが電子玩具としての実用性が重視された設計になっており美的鑑賞の対象になるほど審美性がないとして、裁判所は著作権を認めず無罪になったようです。
この解釈に従えば、そのような鉄道車両は稀と思われるので、鉄道車両は僅かな例外を除き著作物ではないということです。
作者の個性があれば著作物だという解釈
ノルウェーの有名デザイナーがデザインした「TRIPP TRAPP」という子供用椅子の販売するメーカーが、それと似た外見の椅子を販売したメーカーに椅子のデザインの著作権侵害として民事訴訟を起こした事例があります。
応用美術は...(略)...高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず,個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。「TRIPP TRAPP 事件」 2015年4月高裁判決 p.29
この判決で採用されたのが、実用品でも作者の個性が現れたデザインなら著作権を認めるという解釈です。
美的鑑賞の対象という過去の判例の主流である高いハードルを設けることは妥当ではないという考え方です。
判決では最終的に TRIPP TRAPP の椅子を横から見ると脚が「>」の独特な形である点に著作権を認めました。
ですが、訴えた相手の会社の椅子の脚の形が「△」だったため、本質的特徴が違うとして著作権侵害を認めませんでした。
「個性的」をどう捉えるか難しいですが、個性的なデザインの鉄道車両 (例えば上写真のような車両) は著作物だという解釈が可能かもしれません。
また、鉄道車両に絵や写真などがラッピングされていれば、車両自体の著作権とは別にその部分が著作物になります。
2. 鉄道車両を写真や模型などに利用する場合
鉄道車両は基本的に著作物ではないので、写真、絵、動画、模型等として利用するのは基本的に問題ありません。
一部誤解している人がいるようですが、鉄道車両は人間ではないのでそれ自体に肖像権は認められません。
また、意匠権は例えば「車両」や「おもちゃ」で指定されていたとしても、「写真」や「動画」とは別物なので権利が及びません。
もし鉄道車両が著作物となる場合、それを写真や模型などにするのは、著作権法の「複製」や「翻案」であり、それをインターネット上等に公開するのは「公衆送信」になります。
この場合、私的利用等の著作権法の例外規定に該当しなければ理論上著作権侵害ということになります。
現実的には、もし鉄道車両が著作物でも、自身が鉄道車両あるいはその模型を撮影した写真をインターネット上(ブログやTwitter等)に公開するのは、個人の範囲であれば黙認されると思います。
屋外美術として自由利用ができる可能性
著作権法の例外規定を見ると「公開の美術の著作物等の利用」というものがあります。
屋外に恒常的に設置されている美術の著作物の原作は、それと全く同じものを物理的に複製して公衆に提供したり、販売を主目的として複製する場合を除いて自由に利用できるという内容です。
美術の著作物でその原作品が前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置されているもの又は建築の著作物は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
一 彫刻を増製し、又はその増製物の譲渡により公衆に提供する場合
二 建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合
三 前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置するために複製する場合
四 専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合 著作権法46条
バスの車体にラッピングされた絵についてこの例外規定が採用された裁判例があります。
幼児向け絵本の表紙に絵がラッピングされたバスの写真を掲載して販売したら絵の作者がその絵本を著作権侵害として民事訴訟を起こした事案です。
この訴訟では著作権法46条の適用可否が争点となりました。
ラッピングバスは当然移動するので「設置されている」と言えるのかという点は判決で言及されており、移動していても設置したと見なせるという解釈を示しました。
本件バスは,特定のイベントのために,ごく短期間のみ運行されるのではなく,...(略)...,継続的に運行されているのであるから,原告が,公道を定期的に運行することが予定された市営バスの車体に原告作品を描いたことは,正に,美術の著作物を「恒常的に設置した」というべきである。「市営バス車体絵画事件」2001年5月地裁判決 p.4
さらに判決では、路線バスは公道を継続して運行するもので、問題の絵本の表紙は路線バスの一例としてラッピングバスの写真を使ったに過ぎず、著作権法46条が適用され著作権侵害にはならないとしました。
鉄道車両もラッピングバスと同様に著作権法46条が適用され、ラッピング車両のなどの鉄道車両の写真や模型は販売目的以外でインターネットに公開する等自由に利用できるという解釈ができなくはないです。
ただ、移動している物を「設置」としたのはこじつけに感じられ、同じものが複数ある場合どれが「原作品」なのかはっきりせずかなり微妙です。
3. 鉄道車両の写真や絵の著作権
鉄道車両の写真、絵、動画は、作者の意志によって表現に幅広いバリエーションが生まれます。
写真で考えると、構図はどうするか、明るさはどうするか、車両をブレさせるか止めるかなど無数の組み合わせが有り得ます。
よって創作的な表現として基本的に著作物となります。
鉄道車両の写真等の著作権は鉄道会社ではなく基本的に作者(撮影者)に認められます。
鉄道車両の写真等を二次利用(転載等を)するには作者の許諾が必要であり、作者の許諾が無い場合は著作権侵害になります。
これは鉄道車両自体の著作権とは別なので誤解しないよう注意して下さい。
著作権が認められた判例
鉄道写真については明確に著作物だと認められた判例があります。
個人サイト「Train Side View -長編成サイドビュー写真館- (2023年5月現在リンク切れ)」に公開されている鉄道車両のサイドビュー写真を鉄道会社 (東武鉄道) の社員が駅のポスターに無断使用したことで、写真の撮影者がその子会社に著作権侵害だとして民事訴訟を起こした事例があります。
判決では、写真は構図や背景や光線など様々な要素を組合せることで独自性が現れるため、基本的に著作物であるとしました。
写真は、被写体の選択、組合せ、配置、構図、カメラアングルの設定、シャッターチャンスの捕捉、被写体と光線との関係(順行、逆光、斜光等)、陰影のつけ方、色彩の配合、部分の強調・省略・背景等の諸要素を総合してなる1つの表現である。...(略)...
静物や風景を撮影した写真でも、その構図、背景、光線等には何らかの独自性が現れることが多く、結果として得られた写真の表現自体に独自性が現れ、創作性の存在を肯定し得る場合には当該写真は著作物に該当するというべきである。
そして、この件の車両のサイドビュー写真は、撮影者の意志で撮影場所や構図を決めたり加工したりしていることから著作物だと認めました。
会社側は、車両を横から撮影しただけのありふれた写真なので著作物でないと反論したようですが、判決で否定されました。
こうして、会社側に損害賠償が認められました。
本件写真は撮影角度、撮影場所を工夫した上で、動画撮影した被写体のコマを複数重ねる技法で1回の静止画撮影と異なる画像を制作したものであるから、...(略)...創作性があるというべきである。 上記 2 つの引用ともTKM (@trainsideview) (Twitter) に掲載された 2023 年 3 月地裁判決の判決文より
4. 鉄道車両の著作権のまとめ
鉄道車両は著作物かについて簡単にまとめるとこのような結論になります。
基本的に著作物ではありません。
よって自らが作者であればその写真、絵、動画などを基本的に自由に利用できます。
(現実は個人での利用なら黙認されると思われますが)
著作物であっても販売目的でなければ著作権侵害にならない可能性はあるが微妙です。
あとがき
当記事は過去の記事をリライトしたものです。
間違いや疑問点の指摘も幾つかあり、それらも反映しました。指摘ありがとうございました。
リライト前の旧バージョンはこちら
バスを「屋外に設置された物」としたのも、位置が固定されていなくても構わないという拡大解釈ですし。
例えばヘッドマークが登録商標だったら、その部分を含めて、正面のアップの写真なら鉄道会社に承認が必要でしょうか。
逆に、遠隔で風景写真のようなら著作権は認められないように感じますが、どのあたりまでよいと考えるべきでしょうか。
そこは私も分からないです。ただ、鉄道会社から提供されたと下に小さく書いている写真があるので、最低でもその写真は承認をもらっているはずです。
>ヘッドマークが登録商標だったらその部分をはっきり写した写真の掲載は鉄道会社の承認が必要か
商標登録の有無はほぼ関係なく、ヘッドマークに書かれているものが著作物かどうかで決まります。
著作物である場合、基本的にヘッドマークのデザインの作者の承認が必要となります。鉄道会社にヘッドマークの著作権が譲渡されている場合は鉄道会社の承認です。
ヘッドマークが1つだけなら屋外美術の例外規定により承認不要というこじつけな解釈もできなくはないです。
鉄道雑誌ではない個人の Twitter やブログならばその写真を掲載しても黙認されると思います。
>遠隔で風景写真のようならヘッドマークの著作権は認められないのか
ヘッドマークが小さく写っていて画質が限界ではっきり見えないなら著作権を気にする必要はないです。
はっきり写っている場合は、前の項目の回答と同じです。ただ、ヘッドマークがはきりかつ小さく写っているがそれを写す意図がない場合は微妙ですが著作権法の映り込みの例外規定で承認不要という解釈ができなくもないです。
https://www.ip-bengoshi.com/archives/6623
では、仮想オブジェクトとして仮想空間で販売した場合はどうなりますか?
確か仮想空間は意匠権が及ばない。そういう場合はどうなるのでしょうか?
不競法やモノパブに触れる可能性は否定できませんが、販売を直接的に規制する法律や権利はありません。なので法的にはグレーゾーンだと思います。
グッズを作って販売をせず自分で付ける分には大丈夫なのでしょうか?